タイ伝統医学のルーツは、約2500年前にインドから仏教の伝来とともに伝わった「アーユルヴェーダ(インド伝統医学)」が根幹です。これに中国の漢方医学や太極拳、ハーブ療法などの民間療法が融合し独自に発展したものです。
タイ伝統医学古代インド医学アーユルヴェーダの影響を強く受けており、自然の「風・火・水・土」の4要素(タート)のバランスで健康状態や体質を捉える考え方は、アーユルヴェーダ理論にとても似通っています。
仏教との深い関わりがあるのも特徴です。タイには、仏教の伝来と共に伝わりましたが、仏教の僧侶により寺院で実践され、瞑想やヨガ修行と並行して行われました。ヨガの動きを取り入れた「タイ古式マッサージ」は、圧迫だけでなく、ストレッチも多く含まれているのが特徴です。
ブッダの主治医だった「シヴァカ・コマラパ師」がタイ古式マッサージの始祖とされています。「シヴァカ・コマラパ師」は、ハーブ薬草療法、マッサージについて総合的な知識を持っていたとされ、その知識は宮廷内で書物(ホワイトブック)として記録される一方、各地の寺院でも口承されてきました。 現代においても「医学の父」として崇められています。
タイと中国は、古くからの朝貢関係や華僑の移住を通じて、深いつながりを持っています。アユタヤ時代には経済的交流が活発で、現在では約1,000万人以上の華系タイ人が社会の中枢を担うなど同化が進んでいます。タイ族(タイ人)の移動は雲南地方から南下したという説もあり、古代から両国は経済的に密接なつながりを持っています。
タイ伝統医学は、古代インドや古代中国の伝統医学が、仏教の伝来と共に現在タイ王国が存在しているエリアに伝わって、発展を遂げたものです。それは、紀元前500年頃のこと。今から2500年前の頃のことです。日本は弥生時代です。現在の通説では、神武天皇の時点で弥生時代末期から古墳時代草創期とされていますが、記録上では、15代応神天皇の頃から古墳時代ということになりますが、そもそも神武天皇から仲哀天皇までは実在性が疑わしいとされています。しかし、インドでは、すでに紀元前2500年ごろ、インダス川流域で、モヘンジョ=ダロやハラッパーなどの都市が生まれ、インド最初の文明であるインダス文明がおこっっています。インダス文明の都市遺跡からは多くの遺跡が発見されています。土器や青銅器、金や銀の装飾品、木綿・羊毛の織物のほか、粘土板でつくれた印章なども発見され、道路・上下水道・神殿・水浴場・住宅などがレンガでつくられていたこともわかっています。
ブッダの生存していた実年代については、前563~前483年説と、百年の差がある前463~363年説があります。前者は南伝、後者は北伝の資料によるものですが、現在では後者が有力になっているようです。医学の祖として知られるシヴァカコマラパ先生も実在した人物として文献に残っていますが、この先生ももちろんタイ人ではありません。古代のインド人ということになります。もちろん、この頃今から2500年前に、タイ王国(タイランド)という国自体は未だ存在していません。タイ王国の建国は今から700~800年前。日本で言えば鎌倉時代のことです。いずれにせよ。タイ伝統医学は仏教と共に、そうした文化がアジアに伝えられたところから始まりました。
タイ(シャム)の国家としての始まりは13世紀頃のスコータイ王朝(1238年頃とされる)で、タイ族による最初の王朝が成立し、これが現在のタイ王国の基礎を築きました。その後、アユタヤ王朝、トンブリー王朝を経て、1782年現在のチャックリー王朝(ラッタナコーシン王朝)が始まり、近代化を進めながら「タイ」と国号を改称し、現在に至ります。タイ伝統医学のルーツとされる2500年前には、まだタイという国は存在していませんでした。タイ伝統医学は、インドと中国の影響を強く受けたものであることは確かです。世界4大医学(伝統医学)は、古代文明の発生地に由来する、歴史のある体系的な医学のことを指します。これには黄河流域の中国伝統医学(中医学)、インダス川流域のアーユルヴェーダ、チグリス・ユーフラテス川流域のユナニー医学、そして近代医学へ発展した西洋医学が含まれることが一般的で、タイ伝統医学はここには含まれません。 タイ伝統医学とタイ古式マッサージと呼ばれるスタイルの施術は異なる概念であることに注意が必要です。 |